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「大変お待たせいたしました。」
『・・・・・・。』
「器が熱くなっておりますのでお気を付けくださいませ。」
『・・・・・・。』
私は今、スーツの上に真っ黒なエプロンを纏い
ほくほくと湯気の立つ料理をお客様の前に並べている。
「本日のメニューは・・・エビチャーハンとたっぷりタマゴの中華スープでございます。」
うわぁ、なんておいしそうなチャーハン。
スープだって、ほら見て。
器の中でふんわりタマゴが気持ち良さそうに泳いでいるよ。
「冷めないうちにどうぞ。」
『-------。』
ちなみに本日のお客様は俺様お医者様、晋。
目の前に並べられた料理達と私の顔を見比べ、いかにも「本当にお前が作ったのか?」的な表情を隠し切れないでいる。
ま、私だって本気を出せばこんなもんだ。
晋「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
晋「なに突っ立ってる。」
「へ。」
晋「早く座れ。」
「え、あ、はい・・・」
どうよ、とふんぞり返っていたら怒られた。
「・・・ていうか、これって私の分?」
晋「他に誰がいる。」
「・・・ですよね。」
二人用のオシャレな黒いテーブル。
その上にセッティングされた二人分の料理。
一食は晋の分。
もう一食は----
薄々そんな気がしていたがやはり私の分だったらしい。
晋「・・・いただきます。」
「・・・どーぞ召し上がれ。」
チラリと視線を寄越し、手を合わせる晋。
まさかのいただきますにちょっとビックリ。
意外と礼儀正しいじゃないかお前。
なーんて
呑気に感心しててもいいんだろうか。
「・・・いただきまーす。」
晋「ん。」
(・・・?・・・・・・?)
ほくほくのエビチャーハンを口に放り込み首を傾げる。
一体全体・・・
なんでこんなことになってんだっけ?
---2時間ほど前
「・・・なんだあれ。」
終業のチャイムにせかされそそくさと職場に戻ったところ・・・
我らが企画部の出入り口にはこんもりと人だかりが出来ていた。
『ちょ---退きなさいよ!見えないじゃない!』
『押さないでったら!』
『やだ!また会えるなんて!』
『あぁ、ステキ・・・!』
人だかりの正体は我が社が誇るパワフル女子たち。
宣伝部、経理部、秘書課の美人さんたちまで勢ぞろいだ。
(・・・辰巳さんでも来てるのか?)
辰巳さんは基本、会議室で仕事をする。
よって、たまにこっちに顔を出すとご覧のような事態が出来上がる。
なんとも迷惑なヤツだ。
ま、変態が来てようがそんなことはどうだっていい。
「ちょっと失礼しますよー。」
女子の手薄な後方のドアから中へ入り込む。
就業時間も過ぎたことだしさっさと帰ろ帰ろ。
今日は香織の家に世話になるからな。
ビールでも買って久々にのんびり女子トークでも楽しみたい。
『あっ、透!やっと帰ってきた!』
「え。」
『もー!どこまで休憩行ってたのよー!』
「へ?」
部屋に入るなり向けられる叫び声。
視線をやると声の主は香織。
頬を膨らませぷりぷり怒っている様子。
そしてその隣には
(へ・・・)
その隣には
「え・・・な、なんでいるのお前。」
香織の隣にいるのは---
今朝会ったばかりの、晋。
え、なんで?
こんなとこで何やってんのお前。
香「晋ちゃん、透を迎えに来たって言うの!」
「え?む、迎え?」
香「でも私の方が先に約束してたよね!透は私と一緒に帰るんだよね!?」
「え。」
晋「・・・・・・。」
(え、えと・・・?)
腰に手を当て仁王立ち、果敢にも晋に立ち向かう香織。
イケメンにはめっぽう弱いくせに・・・
珍しいこともあったもんだ。
いやいやその前に
(私を迎えに来たって・・・・・・?)
なんだなんだ?
意味が分からないんですけど。
『え!あのイケメン、日下さんを迎えに来たの!?』
『なんで!?日下さんには進藤さんがいるじゃない!』
『どういうこと!?まさか二股---!』
『何それ!羨ましいーーーー!!』
ギャラリーがとんでもない方向へ勘違っている。
変態と俺様を二股だなんて
頼まれても断固お断りだ--
---迎えに行く
(・・・・・・・・・ん?)
あれ、なんだろう。
なんだか幻聴が・・・
---仕事が終わったら迎えに行く
あれ・・・
あれ・・・・・・?
香「とにかく!たとえ晋ちゃんと戦うことになったとしても!今日は絶対譲れない!」
晋「・・・・・・。」
香「そ、そんな顔したってダメなんだから!透は私が連れて帰るの!!」
晋「・・・・・・。」
そんな顔とはどんなものかと晋を見れば至っていつも通りの顔。
そして香織はというと晋と目を合わせないよう天井に向かって歯を食いしばっている。
どうやらハイグレードイケメンを前に激しく葛藤してるらしい。
いやいやそんなことはどうだっていい。
(え、えーと・・・・・)
記憶の曖昧さも手伝って「迎えに行く」と言われたような気がしてならない
あの時はとにかく頭が真っ白だったし・・・
迎えのことどころかどうやって会社に戻ってきたかも良く覚えてないっていうか・・
(ど、どうしよ・・・)
こういう場合ってどうすりゃいいの。
ごめん覚えてないって笑って謝るか?
それとも香織とのデートを諦めるか・・・
(・・・・・・いやいやちょっと落ち着け。)
仮に迎えに行くと言われてたとして
仮に宜しくと答えたとして
そんなことはどうだっていい。
「えーと、晋。あのさ--」
わざわざ来てもらって悪いけど
今日はお前と遊びたい気分じゃない。
香織宅でまったりする気満々です。
晋「・・・平気か?」
「へ‥」
・・・・・・え?
「・・・え。」
晋「・・・・・・。」
「え・・・?」
晋「・・・大丈夫なら、いい。」
(えっ・・・)
まるで「安心した」とでも言うように息を吐く晋。
そしてスッと手が伸びてきたかと思ったら
ポン、と頭に手を置かれた。
晋「・・・じゃあな。」
香「えっ、え・・・?」
「・・・・・・。」
クルリと背を向ける晋。
そしてギャラリーに向かって歩き出した。
『えっ!ちょっと待ってこっちに来る!?』
『日下さんとはどうなったの?もしかして私のところに----!?』
『そんな急に----っこ、心の準備が---!』
突然動き出したイケメンに出入口はパニック。
うわぁ、さっきより女子が増えてる。
じゃなくて!
(ちょ、ちょっと待って---)
さっきのアレは-----なんだ?
平気か、とか
大丈夫ならいい、とか
それってもしかして・・・
昼間のこと、心配してくれてた・・・とか?
『ウソでしょ!まさか私の元に----!』
『こっち見た!絶対私のこと見た!』
『ちょっとどきなさいよあんた!彼は私の元にいらっしゃるんだから!』
『何寝ぼけてんの!?私を迎えに来るのよ!』
(う、うわ・・・)
あの晋が?私を?心配・・・?
そんなの勝手な勘違いかもしれない。
けどもし正解だったら
・・・ちょっと嬉しいかも。
だってあのゴーゴーマイウェイ協会代表の晋がだぞ?
私を心配してくれたってんだぞ?
なんかアレだな・・・
やんちゃなトラでも手懐けた気分。
いやいやそうじゃなくて!
「ちょ、ちょっと待て!-------晋!」
香「え!」
『『え!?』』
晋「?」
今日は朝から最悪な気分だった。
避けまくってた司と鉢合わせて
おまけにまさかの忍にまで遭遇して・・・
現実から逃げ出してしまいたいと思った。
目を逸らして今日のことは全部夢だったことにしたい。
思い出したくないし考えたくもない。
そんな気分だったしそれは今でも現在進行中だ。
でも---
香「透・・・?」
晋「・・・・・・。」
でも晋には助けてもらった。
どういうつもりだったかは知らない。
だがこいつは忍から遠ざけてくれた。
タクシーにも乗せてくれた。
しかも散々世話になった上に心配までしてくれた。
これはもはや「恩人」と言っても大げさじゃないだろう。
そんな恩人に対して私ってば・・・
礼の一つも言わないつもりなのか?
(あ・・・)
そういやタクシー代も返してない。
(なんか--------ダメだ。うん、ダメだ。)
色々ちゃんとしとかないと。
今の私は人としてダメだと思う。
「香織、ごめん。」
香「え?」
「今日はお前の家に世話になる予定だったんだけどさ。」
香「うん?」
「急でごめん、キャンセルしてもいいか?」
香「えっ・・・」
こういうことはさっさと済ませるに限る。
香「・・・今日じゃなきゃダメなの?」
「え?」
(か、香織-----?)
眉根を寄せ両手を握りしめ、それはそれは心配そうに見上げてくる香織。
どうしたのお前なんでそんなに可愛いの。
そんな顔されたら今日はやっぱりお前と--
(はっ------!)
い、いかんいかん。
キューティー香織に流されるな。
「ごめんな香織。今日じゃないとダメなんだ。」
今日じゃないときっと・・・
逃げ出してしまいそうな気がするから。
香「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
香「・・・じゃあ、終わったら連絡して。」
「へ?」
香「透が心配なの!約束して!」
「わ、分かった。」
胸の前でギュッと手を握りしめ見つめてくる香織。
今にも泣き出しそうな表情だ。
こいつにもずいぶん心配かけちゃったみたいだな。
ほんと、悪い事した--
『え、それじゃ結局日下さんと行っちゃうわけ?』
『そんなぁ!』
『ちょっと日下さん!あなたには進藤さんがいるでしょ!?』
『そうよそうよ!イケメンの独り占めは良くないと思うわ!』
『どっちか譲りなさいよーー!』
あ・・・
香「うわぁ・・・でも----気持ちは分かる!」
ギャラリーのことすっかり忘れてた。
以上
2時間前の出来事だ。
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