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『透---』
「------。」
『透ったら---!』
「------。」
『-----透!!』
「······へ?」
自分を呼ぶ声が---
随分遠くから聞こえたような気がした。
香「もー、透ってばちゃんと聞いてた?さっきからボーッとしちゃって···」
「か、香織?」
香「そうだよ香織だよっ!もしかして全然聞いてなかったとか?」
「え···」
ハッと我に返ると、目の前には柔らかそうな頬を可愛らしく膨らませた香織。
そして慌てて周りを見渡せば---
ここはK社の自分の仕事場、自分のデスク。
香「ねぇ透、一体どうしちゃったの?」
「は---」
香「帰ってきてからずっと変だよ?何かあった?それとも注射が痛かったの?」
「え···?」
注射?
「···あ、あー、いや、大丈夫。なんでもないよ。」
香「嘘よ!透の嘘つき!」
「う、嘘じゃないって。ちょっと疲れてただけだ。気にするな。」
香「---------。」
「な?」
香「-------------。」
ポン、と頭を撫でると更に疑いの目を深める香織。
頼むからそんな目で見るな。
動揺を隠せなくなる。
「あ、あーあーっと。やっぱ午後は眠いなー。ちょっと休憩してこよっかなー。」
香「心配だから私も行く。」
「え!?きゅ、休憩くらい一人で大丈夫だって!心配するな!」
香「···本当に大丈夫?」
「大丈夫大丈夫!」
香「じゃあ···分かった。」
眉根を寄せながら向けられる視線に背を向ける。
そしてそそくさと廊下へ出た。
(いかんいかん···)
人もまばらな廊下を進みながら反省タイム。
今は仕事中だぞ。
プライベート持ち込んだらダメだろ。
それに香織にまであんな顔させて···
しっかりしろよ私。
まぁでも--
「今日・・・あいつがいなかったのはラッキーだったか···」
ボソッと独りごちる。
ちなみにあいつ、とは誰か。
そりゃまぁ---
辰巳さんのことだな。
なんでいなくて良かったのかって?
それにはまぁ···
ちょっとした理由がある。
理由①
「ふあぁぁ···あーねむ--」
辰「ちょ---透ちゃん大丈夫?ため息なんかついてどうしたの?何か悩んでるの?」
「え、いや別に。ていうか今のはただのあくび--」
辰「何かあったらすぐ俺に言ってね?」
「え、あ、はぁ···」
理由②
「はあぁー!やっと終わったー!」
辰「ちょ---透ちゃん大丈夫?ため息なんかついてどうしたの?何か悩んでるの?」
「え、いや別に。ていうか今のはため息なんかじゃ--」
辰「何かあったらすぐ俺に言ってね?」
「······あんたこそ何があったんだよ。」
辰「俺のことなんかどうだっていいの!自分の心配して!」
「·········。」
一体なんなんだろう···
何があったのかは知らないが、最近のヤツは異常なまでに心配性なのだ。
何がそんなに心配なのか。
・・・・・・謎だ。
そこのところ良く分からない。
それに過剰に心配し過ぎてポイントがかなりずれている気もする。
とにかく、なぜか甲斐甲斐しく気遣い精神を見せる辰巳さん。
そんな奴に今のこの状況を見られでもしてみろ。
心配するどころか発狂するかもしれない。
ちなみに今日は木戸と二人揃って奴らの本社、S社への出勤デーらしい。
ご苦労なことである。
ま、今は変態のことなんかどうだっていいか。
「はあぁ・・・」
誰も見ていないことをいいことに
天井に向かってどっぷりとため息を吐く。
あれからどうやって会社に戻ったのか。
実のところあまり覚えていない。
晋に腕を引かれるまま病院を出て
すぐ近くに停まってたタクシーに乗せられ行き先まで伝えてくれて
そういやドアが閉まる前に何か言ってなかったか···?
(うーん·····ん?)
ちょっと待てそんなことより---
晋のヤツ、タクシーに金払ってた---よな?
確かドライバーに諭吉を掴ませてた気が···
(うっわ···)
なんてこった。
人にタクシー代出させるなんて···
しかも謝罪はおろか礼すら言ってない。
「······最悪だ。」
我ながらなんて情けない醜態だ。
でも---
びっくり、したんだよ。
周りなんて見えなくなるほどに
誰の声も、何の音も聞こえなくなるほどに
びっくりした。
いや、びっくりとかそんな単純な話じゃない。
身体中の細胞が跳ね上がったような
足のつま先から脳天まで一瞬で凍りついたような
とにかく---
あいつには、会いたくなかった。
「忍···」
帰ってきてたのは知ってた。
だからこそ司からの連絡も無視して
家にも帰らずホテルを転々と泊まり歩いて
そうまでして無接触を貫いてたってのに
なのにまさかたまたま偶然鉢合わせるなんて・・・
もはや自分の運の無さに失笑するしかない。
---まだしばらくは会いたくない
---気持ちが落ち着いた頃に向き合えればいい
そう思ってたのに
「チッ---」
くそ··
震えが、治らない···
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