有「・・・・・・・。」
「つまらねぇな。」
もう一度言おう。
非常につまらない。
隣の席に座る有希がチラリと俺を見る。
顔色は変えねぇが同じ気分のようだ。
有「シャンパンの炭酸、抜けちまったんじゃねぇか?」
「全くだ。」
イベント事での初めの挨拶ってのはなんで長話する奴が選ばれるのか。
話す奴が一番悪いのだろうが、選ぶ奴も確実に狙っていると思う。
正直言って非常に迷惑だ。
『それでは・・・・・乾杯!』
やっと話に満足したらしい。
解放された周りの奴らもホッとした表情でグラスを合わせている。
ちなみに有希は腹が減っていたらしい。
そういえば寝起きのこいつをそのまま引っ張ってきたんだったな。
運ばれてきた料理を目の前に瞳を輝かせている。
(分かりやすい奴。)
美味いのだろう。
幸せそうな顔をして味わっている。
『孝さん。この前のオペ、見事だったらしいですね!』
(・・・・?)
隣に座る奴から声を掛けられた
だが誰だったか・・・
大学病院ともなれば医者の数も多い。
ただでさえ人を覚えるのが苦手なんだ。
職場外の人間はほとんど分からない。
「・・・あぁ、どうも。」
とりあえず適当に返事をしておいた。
『孝さんの彼女・・・いや婚約者さんかな。』
有「え?えぇ。まぁ。」
(・・・・・・。)
ふと耳に入り込んで来た会話。
チラリと見ると有希の隣に座っていた同期。
こいつは分かる。
学生時代からの下僕だ。
ちなみにコソコソ喋ってるつもりみたいだが・・・
思い切り聞こえてるぞ。
『孝さん、本命見つけたんだぁ。あ、ごめんね。変なこと言って。パーティーに初めて女の子連れてきたからさ。さっきからどういうことだって問い合わせが多くて。』
有「・・・・・・・え。」
(余計な事を・・・)
暇な奴らがいたもんだ。
携帯を指差しニコニコしている同期。
どうでもいいが人をネタにするのは止めろ。
『孝さんってあのルックスでしょ?それに成績優秀かつ期待のホープだし!一体どうやって落としたの??』
有「え・・・」
思い切り眉間を寄せ、同期に疑惑の目を向ける有希。
驚いたか。
俺はお前が思っている以上にすごい男なんだ。
俺に対する態度を改めろ。
そしてもっと尊敬しろ。
『ねぇねぇ教えてよ。どうやって落としたの?』
有「え?あ、あぁ・・・」
それにしても落としたとは聞き捨てならねぇな。
落ちるのは有希、お前だ。
有「私はずっと好きだったんです。落とせたのかは分からないけど・・・お前は俺の、って熱い言葉を貰えたから。それを信じただけ。」
軽く微笑みながら
さらっと答えやがった。
---ずっと好きだったんです
(・・・・・・・・・。)
はっきり言おう。
心臓が大きく鳴った。
「偽りの言葉」だってことくらい分かってる。
だが思い切り反応した。
本心であって欲しい。
そう思った。
『俺の、って・・・もしかして"俺の女だ"とか言われたってこと?孝さんから?』
有「そう・・・ですけど。」
いかにも信じられないという素振りを見せる同期。
まぁそれも仕方ない。
確かに、今まで「お前は俺の女だ」なんてこと言ったことが無いからな。
『信じらんね。孝さん本気なんだなぁ。』
有「・・・・・・・?」
『あ、ごめんね。さっきから失礼なこと言ってるね。』
有「いえ・・・」
それにしても
「第三者の目」とはよく言ったもんだ。
俺のことをよく知らない職場の奴らの方が普段の俺を良く知ってる。
---欲を満たすために女と遊ぶ俺
周りの奴らはそれを見て「俺=そういう奴」だと認識している。
だからこそ公式であるこの場所に連れてきた女
奴らの目に有希の存在は異質に映っているはずだ。
「おい有希、行くぞ。」
有「え?う、うん。」
これ以上余計なことを言われるのはゴメンだ。
別に用はなかったが席を立たせた。
『-----!!』
「・・・・・。」
ついでに同期に視線を・・・
もちろん鋭いヤツを贈ってやった。
有「どうしたの?」
「な、なんでもねぇ。」
有「・・・・?」
自分を"お姉さん"とか言ってるくせに
有希は男慣れしていない方だと思う。
同期がほのめかした"俺"にうんざりしただろうか・・・
まぁ、その俺も"俺"であることに間違いはない。
だが
(・・・・・・・チッ。)
こいつには-----敬遠されたくねぇ。
「疲れてねぇか?」
話題を変えよう。
頼む。さっきの会話はきれいさっぱり忘れてしまえ。
有「え?全然大丈夫だよ?」
(・・・・・?)
なんか変だ。
いつもと何かが違う?
なんかこう、激しい違和感が・・・
(あ・・・)
「・・・言葉が・・・変だ。」
有「え?あぁこれ?さっき孝の同期と話したんだけど。さすがにいつも通りじゃまずいと思って。」
「・・・・・。」
有「やっと慣れてきたし・・・ボロが出ないようにこのままでいるよ。」
「・・・・・・・・・・。」
なんだそれは。
まるで女みたいじゃねぇか。
まぁ、女なんだが・・・
普段があれじゃな。
それにしてもいつも通り飄々とした態度。
どうやらさっきの会話は気にしてない、みたいだな。
(ふう・・・)
どっと押し寄せる脱力感。
とりあえず一安心--
(・・・・ん?)
何か見つけたのか。
俺の後方をジーッと見つめる有希。
なんだ、どうした?
『こんばんはお嬢さん。もしかして、お嬢さんが孝の・・・?』
有「え!?」
「あぁ、お前か。」
聞きなれた声に振り返るとパーティーの中心人物。
病院の院長だ。
こいつとは昔から縁があって困る。
『それで?この人が?』
「そうだ。」
『やっぱり!それはそれは初めまして!』
(ていうか、なんだその格好は・・・)
派手なスーツにグラスとタバコをそれぞれの手に持っている。
どこから見ても今から出勤する夜の雄。
少しは医者らしく振舞ったらどうだ。
有「ど、どうも。初めまして。」
『こんな綺麗な女性に巡り合えて羨ましいよ。』
「そうだろ。」
有「あ、あの・・・孝?」
このおっさんの存在自体が分からないのだろう。
不審そうに俺を見上げる有希。
分かるぞその気持ち。
俺にも良く分からない。
「院長、こちらは有希。
有希、こいつはT大付属病院の院長だ。」
恐らく激しくショックを受けたんだろう。
カパッと口を開きやがった。
分かるぞその気持ち。
そりゃ信じられねぇよな。
『有希さんと呼んでもいいかな?』
有「え!?あ、はい!いつも孝がお世話になっています!」
我に返ってとっさに返事を返す有希。
恐ろしいくらいの百面相。
見ているだけで面白い。
『お世話になってるのは僕の方。孝君仕事出来すぎて頼りっぱなしでね。すごく助かってるんだ。』
有「そ、そう言って頂けると嬉しいです。」
(へぇ・・・)
焦りは見えるがニッコリ微笑んで返しやがった。
間違ってもこいつは大学病院の院長。
そんな奴に普通に受け答えできてるってことはやっぱ肝が据わってんだな。
男っぽいだけあって。
『結婚式で有希さんを攫ったら怒るかい?』
「当たり前だろ。」
有「・・・・・・。」
(何言ってんだこのおっさんは。)
女に節操が無いのは構わねぇがこいつに目ェ付けるのはやめろ。
ったく・・・
このオヤジを見てると自分が可愛く思える。
『あはは。綺麗な相手を見つけると大変だね。』
「・・・院長様。こんなところで油売ってていいのかよ。」
『ごめんごめん。それじゃぁ有希さん。また会いましょう。』
有「は、はいっ!----え!」
「・・・・おい。」
それは自然に有希の手にキスを落とす院長様。
そしてルンルンと去っていった。
もちろん、俺をチラ見するのを忘れずに。
(ムカつくオヤジ・・・・・)
嵐のような数分だったが・・・
とりあえず今日の目的は果たされた。
まぁ次に会った時は大変だろうけど。
色々と質問攻めにされるに違いない。