(そろーっと、そろーっと・・・)
今日は平日、普通の日。
怪しいのは重々承知。
コソコソとドアへ忍び寄り、音を立てずに僅かに開く。
ささっと目だけで周りを見回すとちらほらと目に入る人の影。
さすがに今日は客も少ないようだが…
「なーにやってるんすか!」
「うぉ!!」
飛び上がった。
それはもう漫画のように。
仁「なんでそんなにビビるんすか。ていうかこそこそ覗いてないで入ればいいのに。」
「い、いや・・・あいつらが来てたらこそっと帰ろうと思って。」
仁「ぷぷっ!いつも大変っすもんねー。」
「笑い事じゃねぇよ。」
現在地はBAR・Black。
どうやらあいつらは来てないようなので店に足を踏み入れることにした。
「ふー。」
すっかり定位置になってしまったカウンターの奥の席。
手荷物を置いてどっかり座り込む。
仁「お疲れっすねー。」
何も言わなくても持ってきてくれる酒。
こいつもすっかり下僕として板についてしまった。
「なんで疲れないといけないのか分からん。」
仁「有希さんモテモテだから。」
「何言ってんだお前は。あいつらは私が好きなんじゃねぇ。私で遊んでやがるんだ!」
なぜこんなに疲れているか。
それは---桜館の野獣共のせいだ。
仁「だって、ここ最近でめちゃくちゃ珍しいモンがいっぱい見れて・・・他の店員もかなり驚いてるんすよ!」
「珍しい?いつもあんなだろうが奴らは。」
新しい街に来て一人でも来れるいい店も見つけた。
順調に夜の飲み場は確保したわけなんだが・・・
仁「真樹さんと孝さんが女性と一緒に来ないなんて有り得ないっすよ!最近女遊び止めてるみたいだし!」
そう、そうなのだ。
あいつら、私がここに入り浸りになってるとふんでなんかと邪魔しに来る。
しかも一人で。
この前はあんな別嬪スペシャルダイナマイツな女とデートしてたくせに。
仁「2人ともすげぇ楽しそうだし。俺、笑ってるの初めて見ました。」
そりゃ楽しいだろうよ。
私で遊んでんだからな。
全く…どんだけ暇人なんだよあいつらは。
仁「それにチューとか平気で--」
「それは言うなぁっ!」
仁「は、はいぃぃっ!!!」
くっそ、思い出すだけで腹が立つ!
一体なんなんだあいつらは本当に!
さすがにディープなやつは無しだが隙有らばハレンチキッスをかましてくる。
外人さん目指してるのかってんだ。
冗談は外見だけにしてくれ。
とにかく
手に負えなくなったら累を呼んで助けに来てもらうんだが…
頻繁に呼び出されたらあいつも可哀相だろう。
というわけで…
最近困っているのであります。
我が家の俺様コンビ。
「はぁ…なぁ仁君。私はどうすればいいんだよ。せっかくいい店見つけたんだ。他の店に行く気もねぇし・・・」
仁「有希さん、そんなに俺のこと・・・」
「勘違いすんなよ。でもお前とくっ付いたって言ったらあいつらもチューは止めるよな?」
ナイスアイデアじゃね?
とにかく何度も言うが、私はああいう軽いスキンシップがとっても苦手な
のだ。
つまりはチューとかギューが自分にとって結構重要なもんでして…
はいはいよく言われてましたよ。
固いって。
でもそういうのはなかなか変えられないもんなのです。
仁「ちょちょ---!そっそれは勘弁してくださいよ!」
「・・・なんだよお前、彼女いないって言ってたじゃん。助けると思って乗ってくれよ。」
仁「そんなことしたら殺されます。それにそんなんであの2人がやめるとは思えないっす。」
「・・・確かに。」
策略第一弾、あっけなくボツ。
仁「でも有希さんって本と変わってますよね。」
「大酒飲みだからか?」
仁「違いますよ。あの桜館の人達になびかないところが。」
「なびかない?」
なびいてるぞ。
キューティー累たん。
あいつのことは大好きだ。
仁「ずっと思ってたんですが・・・有希さんってブサイク路線なんすか?」
「なんだそりゃ。」
仁「だって!累から要さんまで桜館の人達って全てが絶品じゃないっすか!」
「ぜ、絶品・・・?」
美味そうな表現しやがるなこいつ。
あいつらにはもったいない言葉だ。
「別にブサイク路線じゃないぞ。人並みに"あいつカッコいいなー"とか思う方だと思うけどな。」
仁「じゃぁあの人達は好みじゃないってことっすか?」
「好み?好みかー。うーん。カッコいいんだろうとは思うけど・・・そもそも見てくれだけで好きになることがないからな。」
仁「ドキドキもしないんすか?」
「しねぇな。」
仁「・・・やっぱ変人。」
「なんだと。」
サラッと失礼なこと言ったぞこいつ。
じーっとこっちを見ながら固まりやがった仁。
止めなさい。
そんな目で見るんじゃない。
「そんなに変か?普通の女子より少しだけ鼓動の速さが遅いだけなんじゃねぇ?」
仁「なんすかそれは。え・・・じゃあ、こんなカッコいい男と付き合えたらいいのになぁとかも思わないと?例えば・・・真樹さんや孝さんとか。」
「なんであいつらと付き合いたいって思うんだよ。いつも見てるだろ?あいつらは私の敵だ!!」
仁「・・・変人・・・いや、病気だ。」
「んだとぉ!?」
激しく意味が分からない。
確かに奴らの外見は絶品だと思うぞ。
だがそれとこれとは話が別だ!
管理人いびりだか知らねぇが毎日毎日絡んできやがって!
そういうつもりなら私もそろそろ本気出しちゃうぜー!
仁「あの人達がちょっかい出すの・・・なんか分かった気がする。」
「なに!原因が分かったのか!?教えてくれ!是非聞きたい!」
仁「い、いやいやいやいや!説明しても理解出来ないと思います!」
「聞いてみないと分かんねぇだろ!言え!言うんだ!助けてくれよぉぉ!!」
仁「ぐ・・・ぐるじー!!あ!いらっしゃいませ!」
「-----!!」
い、いらっしゃいませ?
おいおいまさか--
あいつらまた来やがったんじゃ・・・
「あー、やっぱりいたー。」
「あ・・・」
恐る恐る振り返ると、そこには男が1人。
ポケットに手を突っ込んで近づいてくるソイツ。
気のせいか、周りにいる女子お客さんが騒いでるような…
あぁなるほど。
こいつも『カッコいい』のか。
「よいしょ。いつものちょーだい。」
仁「了解でーす!」
自然に隣に座り込んできた。
「なんだ。待ち合わせか?」
「いや、久々に飲みたくなっただけ。それに有希ちゃんがいつもここにいるって聞いたからさ。」
「そっか。それにしても良かったー、要ちゃんで。」
桜館住人は住人でも
やって来たのは要ちゃんだった。