名付けるとすれば

名づけるとすればーーー7 SAKURA∞SAKU first

『有希さん、どうしたの?』

 

会話が聞き取れる距離まで近づいても2人は俺に気付かない。

工藤の声は戸惑いを含んでいる。
だが俺に背を向ける有希の様子は分からない。

 

有「てめぇ・・・」
『え?』

有「てめぇ、ムカつくな。」
『えっ!?』

 

(え・・・)

 

戸惑いが焦りに変わる工藤の声。

そして工藤を見下ろす有希は完璧様子がおかしい。
言葉も戻ってる上に今にも噛み付きそうな勢いだ。

 

(ケンカか?)

 

何があったかは分からない。
だがとりあえず止めよう。

有希のケンカの現場を見たことは無い。

しかし千秋の件があるからな。
ある意味工藤の身が危険でもある。

それにしても何があったんだ?

もしや工藤にセクハラされたとか---

 

有「お前が孝を良く思ってねぇのは分かった。」
『有希・・・さん?』

 

(-----俺?)

 

まさかの自分の名前に、思わず足が止まる。

半ば工藤にセクハラされたとばかり思っていたが・・・
どうやらこいつら、俺のことでもめてるらしい。

 

有「でもよ、お前は孝の何を知ってんだ?」
『え・・・?』

有「話は全然聞いてなかったんだけどよ。あいつを最低だと言ったのは聞こえたぞ。」
『・・・・・・。』

 

(・・・俺を最低だと言った?)

 

なるほど。
恐らく工藤の野郎が俺のあるあるネタをご丁寧に説明してくれたんだろう。

 

(覚えてろよ工藤・・・)

 

元々あまり好きではない部類の工藤。
俺の中で更にランキングを落とした。

 

有「女遊びに関しては・・・・確かに最低なこともしてんのかもしれねぇな。私はそこんとこ良く知らねぇ。」
『・・・・・・。』

有「だがあいつはてめぇみたいに影でこそこそ文句垂れるような女々しいヤツじゃねぇ。」
『・・・・・・・。』

有「自分の為に女を利用するような男じゃねぇ!」
『・・・・・・。』

 

(・・・・・・・・・・・・。)

 

有「どっちが最低だ。」
『え・・・』

有「お前とあいつ、どっちが最低だ。」
『・・・・っ--』

 

 

 

(あー・・・くそ。)

 

 

 

恥ずかしいのか嬉しいのか

頭ん中ぐちゃぐちゃでよく分からねぇ。

だが

 

---絶対俺の女にする

 

心底、そう思った。

 

(・・・・・・・・・・。)

 

無意識に体が動く。

 

そして俺に背を向けて気付かない有希を
後から思い切り抱きしめた。

 

「どうした?有希。」
有「・・・ぇ?」

 

耳元で名前を呼ぶと間抜けた声とともにピクッと体が跳ねた。
どうやら周りが見えてなかったらしい。

 

有「あれ・・・・・え!ここ、孝君!?」

 

やっと状況が理解できたらしい。
が・・・もう遅い。

嬉しさに任せて、焦る有希を力いっぱい抱きしめた。

 

有「なっ何やってんのお前!!離れなさいっ!!!」

 

バカか。
絶対放してやらん。

 

有「こ、孝!」

 

逃れようと必死に暴れる有希。

さっきまで男を脅してたくせに・・・
このくらいで焦るんじゃねぇよ。

 

(-----!)

 

ふと、工藤と目が合った。

その表情は正に唖然。
どうやら展開についてきてない。

 

(そういえば工藤、てめぇ・・・)

 

有「お、おいっ!」
「工藤。」
『・・・・・・。』

 

さっきはよくも余計なことを--

 

有「なんだ工藤、まだいたのか。」
『・・・・・。』

 

さすが変人。
工藤の存在をすっかり忘れていたらしい。

 

「少し黙ってろよ。」
有「・・・あぁ?」

 

不機嫌そうに返事を返してくる有希。

まぁ待て。
ここは俺に任せとけよ。

 

「工藤、てめぇにこいつは扱えねぇよ。」
有「お前なぁ・・・」
「こいつは誰にもやらねぇ。」
有「そうだ。本番でもそう言え。」

 

(本番ってなんだよ・・・)

 

意味分かんねぇ。
今だって本番だろうが。

 

有「・・・いい加減離れろ!」
『な・・・なんなんだよ、お前ら。』
有「あ?」

 

放心から戻ってきたのか
それとも更に困惑したのか
やっとのこと声を絞り出す工藤。

ていうか俺らがなんなんだって?

バカかてめぇ。
そんなの見れば分かるだろう。

 

俺たちは-----「恋人同士」だ。

 

有「分からなくていいんだよ。この三流策士が。」
「行くぞ。」
有「おぉ。じゃぁな、工藤。」
『------。』

 

有希の手を掴み、工藤を残してその場を後にした。

 

「もうすぐ終わりだ。時間まで外に出るか?」
有「・・・できるならそうしたい。」

 

周りが見えなかったとはいえ結構目立っていたからな。

時計を見るともうすぐパーティーもお開き。
人目を避けるため外に出ることにした。

 

有「ここでいいか?」
「あぁ。」

 

前方に公園らしき広場が見えたがヒールを履いていたからだろう、有希は道端のベンチを選んで座りこんだ。

俺は昂った気持ちを落ち着けるため、少し離れてその様子を眺めた。

 

有「はぁ・・・」
「・・・・・・。」

 

やはり疲れちまったか…
ボーっと空を見上げる有希から出たのはため息。

そしてしばらくして、口を開いた。

 

有「・・・すんませんでした孝様。」
「・・・・・・。」
有「どうしても許せなかったんで・・・・やっちまいました。マジでごめんなさい。」
「・・・・・・。」

 

(・・・何を謝ってんだ?)

 

言葉が続くかと思い黙っているとまた沈黙。

ちょっと気まずい。
早く続きを言え。

 

有「孝、マジでごめん。」

 

今度は声のトーンが一気に落ちた。

だがなぜ謝るのかやはり分からない。
もしや何かやらかしたとでも思ってるんだろうか。

 

(・・・・・・・・・・。)

 

しかし大変申し訳ないが
気落ちしてがっくり肩を落とすその様子・・・

 

可愛くて仕方が無い。

 

(マジで可愛い・・・)

 

俺の思考回路は再び暴走し出した。

そんな俺に気付くことなく、有希は体を縮めて俺を見上げ
そして手を合わせて

 

「許せ!」

 

罰の悪そうな顔で謝罪した。