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時は本日。
どうやら透は飲みに出てるらしい。
居場所を聞くとここから遠くない。
---謝るチャンス
ツイてると思った。
そして今晩こそ、眠れる。
喜びが先立って軽くガッツポーズを決めた。
だがしかし、
その幸せは一瞬で終わることとなる。
急いで出向いた例のバー。
ドアを押し開け透の姿を探す。
そしてカウンターに座るヤツの背中を発見。
そう、ここからだ。
ここから俺は、狂い出す。
---ドクンッ
まず初めに・・・
透を見つけた瞬間、心臓がでかく鳴った。
それはもう、先を急いでいた足が止まってしまう程の衝撃だった。
---ドクン、ドクンッ
風邪でも引いたか。
どんどん加速する鼓動。
ついでにぐんぐん上がる体の熱。
意味が分からない。
カウンターに座る透。
そして隣には男が座っている。
どこかで見た気がするが思い出せない。
頬を染め、嬉しそうにはにかむ男。
どう見てもあれは透に好意を抱いている。
なんて物好きなヤローだ。
とにかく、男と透が肩を寄せ合い
仲良く喋っている。
それを見て俺は
イラッとした。
透「うぁっ!?」
「え!?」
いつの間にか奴らに近づき、透の腕を引っ張っていた。
透と男が驚いている。
実は俺も自分の行動に驚いた。
---謝ることが出来ればそれでいい。
連れ出すつもりなんて更々無かった。
「悪かった」と言えば任務完了。
そう思ってた。
しかし
透「かか香織ッ!直樹ぃ!!」
香・直「・・・・・・・・。」
葵「晋ちゃんっ!やっぱ超カッコイイっすー!!」
気付けば透を出口へ引きずってた。
そして思い出した。
あの男はファミレスのナオキだ。
多分、電話のナオキでもある。
とにかく、そのナオキの隣に透を置いておきたくなかった。
なぜかって?
知るかそんなこと。
怪現象だ。
そしてここからの怪現象・・・
つまり俺の理解不能な感情はミラクルを極める。
とにかく揺れて揺れて、揺れまくる。
透「お前なんか怖くない。だから謝るな。」
家に連れて来た。
そして本来の目的である謝罪を決行。
初めのうちは例のごとくすっとぼけていた透だったが、なんとお前なんか怖くないなんてほざきやがった。
あんなに怯えておいてバカ言うなと思った。
ふざけんなと思った。
だが俺は「怖くない」という言葉に
心から安堵した。
「怖くなかったなんて有り得ねぇ。あんなに怯えてたじゃねぇか。」
まぁ、とぼけてんだと気付いてすぐに抗議したけどな。
だがしかし・・・
なぜかホッとしてしまったわけだ。
透「お前は、晋だろうが。」
あの時、透が怯えていた「シノブ」
まさか「俺=シノブ」なのかと心配になって聞いてみたらやはり勘違いだった。
ここでもまたホッとする俺。
ちなみに、この時点で透がシノブに何らかのトラウマを持ってると確信した。
あの透が泣くくらいだ。
想像も絶するような酷いことをされたに違いないと思った。
(涙・・・)
ふと、あの時の透の涙を思い出した。
キリッと胸が痛んだ。
心臓に爪を立てられたような・・・
とにかく胸が痛ェ。
そして次の瞬間、なぜか怒りが発生。
見たことも会ったことも無いシノブに
透を泣かせたシノブに
押さえようの無い激しい苛立ちを覚えた。
(おいおい・・・)
俺は一体どうなっちまったんだ?
胸が痛い?
見たことも無いヤローに苛立ち?
(ワケ・・・分かんねぇ・・・)
こんな不可思議な感情は生まれて初めてだ。
変化に着いていけない。
「・・・・・・シノブなんか大嫌い。
だったと思う。」
気を取り直して透の質問に答えた。
本当は「お前なんか大嫌い」だったんだが、どんな寝言だったのかと聞かれて咄嗟に嘘をついてしまったわけだ。
「このホラ吹きヤロー!」なんて怒られたらどうするか・・・と少しドキドキした。
だがなぜか寝言ということで納得した透。
実は嘘でしたとも言えず
適当なこと言ってんじゃねぇとも言えず
言いたいことはたくさんあるがとにかく---
あの「大嫌い」は
俺に言った大嫌いじゃなかったらしい。
その事実に俺の心は
激しく歓喜した。
(おいおいおいおい・・・)
マジでどうなっちまったんだ俺は。
まさか・・・心の病か?
狂ったブランコのように激しく揺れる感情に焦りを感じる。
だがしかし、心の揺れは容赦なく俺を攻め立てる。
俺を怖くないと言った透。
その言葉に喜びを隠せない俺。
だが思い出した。
「触るな」と・・・
思い切り拒否されたあの時のショックを。
そこで思った。
本当に怖くないなら触らせてみろ、と。
透「し、晋?」
さっき不意打ちで触れたのとではワケが違う。
怯えられるか
受け入れられるか
再びショックを受けるか
それとも---
「・・・・。」
目を合わせたままゆっくり手を伸ばす。
少し驚いた表情だが透の目に怯えは見えない。
---ドクンッ、ドクンッ
どうやら俺は緊張してるらしい。
心臓がヤバイ。
体温もぐんぐん上昇してる。
だが、透に触れたい。
拒否されずに触りたい。
そして柔らかな肌に
触れた。
ただ軽く頬を包んだだけだ。
だが、拒否されること無く触れることが出来た。
(・・・・・・・。)
頭の中で何かがはじけた。
触れられたことに喜びを感じたのか
拒否されなかったことに優越を感じたのか
詳しいことは自分でも分からない。
だがとにかく
嬉しかった。
---ドクンッ、ドクドクドクドク
ちなみに心臓もはじけた。
大丈夫なのか俺。
こんな心音聴いたことが無い。
(なんなんだ、これは・・・)
イラッとしたり胸が痛くなったり
嬉しかったり心音が狂ったり・・・
何が起こっているのかさっぱり分からない。
経験したことの無い激しい心の揺れ。
理解不能なそれに恐怖すら感じる。
しかし俺の心は今
喜びに満ち溢れている。
透に嫌われてなかったのも
透に触れることが出来るのも
嬉しくて仕方がねぇ。
透「ちょ---なんで抱きついてんだよ!!」
喜びに任せて抱きついてみた。
予想はしていたが透は激しく動揺。
俺はというと嬉しさのあまり脱力寸前。
(あー、柔らけぇ・・・)
暴れる透をぎゅっと抱きしめると嫌でも感じる柔らかな感触。
どんなに口が悪くても
どんなに男っぽい性格でも
透はやはり、女だ。
透「晋---」
「もう少し。」
透「だから---」
「もう少しだけ、じっとしてろ。」
透「---!」
この心地良さを手放したくない。
抱きしめる腕に力を加え首元に顔を埋める。
鼻を掠める甘い香。
女特有のそれに酔いそうになる。
いっそこのまま酔ってしまいたい。
「透・・・」
---ハッとした。
無意識に名を呼んだのはもちろん
ひどく掠れた自分の声に、我ながら驚愕。
(なにやってんだ俺は・・・)
これじゃまるで
大切な女を呼んでるみたいじゃねぇか
透「---っ!」
俺の異常に驚いたのか、呼びかけに対しピクッと反応する透。
そしてそのまま体が固まり動かなくなった。
(嘘だろ・・・)
どうやら俺はおかしくなっちまったらしい。
だってそうだろ?
腕の中で見事に硬直する透を
カワイイ
なんて思ってしまった。
そして
---こいつが欲しい
冗談抜きでそう思った。
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