「ちなみにどのくらいで正気に戻った?」
とにかく今は現状を把握しよう。
いつも通りパニックに陥ったらしいが、正気に戻れた挙句、なんと風呂にまで入っているらしい。
これまでの有希の様子から簡単に信じられないけど・・・
とりあえず今後の為に色々と聞いておきたい。
孝『そうだな・・・俺達が有希を見つけて3、40分くらいだと思う。』
「---そうか。」
孝『-----。』
「・・・・・。」
--なんでそんなこと聞くんだよ
--早く説明しろよ
まるでそう問い詰められてるかのような沈黙。
電話越しなのにすっごく空気が重い。
孝の苛立ちがひしひしと伝わってくる。
でも待ってくれよ。
こんなの初めてでどう説明したらいいか・・・
孝『・・・・・。』
「今まで・・・こんな短い時間で正気に戻ったことがない。」
孝『・・・?』
「怯えて、泣き疲れて・・・その勢いで眠っちまうもんだから夢見て。それでうなされる。」
孝『・・・・・。』
「翌日はいつもボロボロだった。」
孝『・・・やっぱり"夢"が関わってるのか?』
「・・・あぁ。」
そう-----『夢』だ。
いつまであいつを苦しめればいい?
いい加減
消えてくれればいいのに
(でも・・・)
有希はあいつ等と一緒にいて
変わってきてるのかもしれない。
あのことがあって有希は自分のことを人に話さなくなった。
女とも男とも、人と深く関わることを避けるようになった。
親密になれば当然『夢』について聞かれるし、それが辛かったんだと思う。
実際に、3年前から今まで有希のことを好きになる男もいた。
けど・・・あいつは絶対に男を『男』として見ようとしなかった。
今だってそうだろ?
桜館の色男集団の中にいても流されないし、恋をしているようにも見えない。
でも・・・
それでもやっぱり
有希は変わってきたと思う。
その原因はもちろん桜館の住人達。
初めは胡散臭いイケメン集団と思ってたけど話したらなかなかいい奴らで。
有希を"女"として見てるかどうかは良く分からないけど、少なくとも『大切』に思ってくれてるのは分かる。
それはお前も感じてるんだろ?
だからこそあいつらを頼りにして
無意識かもしれないけど安心してる。
だから
だからこんなに早く正気に戻れた。
俺じゃきっと
出来なかった
孝『とりあえず・・・これからどうすればいい?』
「俺にも良く分かんねぇ。こんなの初めてだし・・・でも自分で風呂に行くって言ったんだろ?」
孝『あぁ。』
「もしかしたら寝ないかもしれないけど・・・寝るならいつも通り酒は飲むと思う。」
孝『・・・・・。』
「大変だろうけど・・・付き合ってやってくれよな?」
孝『・・・分かった。』
(はぁ・・・)
俺が出来ないことを
簡単にやっちまうんだな、こいつらは・・・
「有希のヤツ・・・お前らのこと頼りにしてるんだよ。」
孝『・・・は?』
「・・・こんなの、初めてだから。」
孝『・・・・・。』
不謹慎だって分かってる。
けど・・・
すっげぇ複雑な気分だな。
孝『・・・傷が浅くなってんじゃねぇの。』
「え?」
孝『お前がずっと側で守ってきたから』
「・・・・・・・。」
孝『・・・・・・・。』
「・・・・・・・。」
(えー・・・)
な、なにそれ涙出そうなんだけど。
ていうかいつも俺を苛めるくせに。
なんでこのタイミングで優しくすんの?
まさか、まさか孝君--
「・・・ツンデレさんですか?」
もしやとは思ってたけど
孝『---そろそろ切る、じゃあな。』
「えっ!ちょ、ちょっと待ってよ!」
孝『お前が馬鹿なこと言うからだ。』
「・・・ゴメン。」
だって・・・
嬉しかったんだもーん。
孝『それよりお前、今から来れねぇの?』
「それが、今から打ち合わせが入ってんだ。すっぽかそうと思ったけど・・・お前らがついててくれれば安心だから。」
孝『そうか。』
それにしても・・・
まさか有希にここまで気を許せる奴らが出来るとは思わなかった。
たとえ共同生活してるからって朝から晩まで一緒にいるわけじゃない。
有希だって今まで通り自分の心に入ってこないよう壁を作っていたに違いない。
なのにこいつら、その壁を飛び越えていっちゃったんだろうな。
いや、ぶち壊しちゃった?
いずれにしても不法侵入。
うーん、やりかねない。
孝『とにかく、また連絡する。』
「ん、分かった。」
孝『・・・サンキューな。』
「・・・・・。」
サンキュー、か。
「こっちこそ。」
孝『じゃぁな。』
「あぁ。」
Pi・・
「・・・ふう・・」
電話を切ってからしばらく
その場から動けなかった。
有希が桜館に住むって言った時、初めはマジで心配した。
こんな遊び界のエリートみたいな奴らの中でやっていけるはずがないと思った。
でも違った。
こいつらが変わったのか有希が変えたのかは分からないけど
意外にいい奴らばっかりで、しかも皆さん揃って有希に好意を持ってる様子。
初めの頃は浮ついた言動が目について気が気じゃなかったけど、今は・・・
「サンキューはこっちのセリフ。あいつを守ってくれるヤローがいるのは心強いってもんだ。」
既に通話が切れている携帯を握り締めて
ボソッと独り言。
・・・・・約束(完)