「・・・・参ったなぁ。」
私は今、珍しく悩みを抱えている。
さてさて困ったことになった。
思わずため息をついてしまう。
「MIKAMIミュージック・・・・か。」
携帯を見てもう一つため息。
というのも最近、MIKAMIミュージックと名乗る輩から頻繁に電話がかかってくる。
『お願いですよー。一度でいいんです!』
「いやいや。自分、そういうのは一切やらないんで。」
『とりあえず、お話しだけでも聞いてください!』
「あのねぇ・・・」
いきいさつはこうだ。
悪友、遼は昔からバンドをやっている。
バンド名『RYO』
なんて安易なネーミング。
ただ名前を英語変換しただけだなんて・・・
『覚えやすいし呼びやすいし。これでいいんじゃねぇ?』
何を隠そう犯人は私だ。
適当に呼んでたのが定着したらしいっていうかなんというか・・・
ま、悪かったとは思ってる。
まぁそれは置いといて。
結成当時から知っていたので練習にもライブにもちょくちょく遊びに行っていたのだ。
まだ名が通っていない頃は『余興だぁぁ!』とか言って私も飛び入りでライブに参加したりしてたわけさ。
カラオケ大好きなんで。
で、気付けばその余興がいつの間にか定番になってしまい、増え続けるファンの中には私もメンバーだと思っている人も出てきてしまったのです。
遼たちは一緒にどうだと誘ってくれたんだけど私はそういうつもりは更々無く、前回開いたライブを最後に足を洗ったのでした。
と、いうことだったのだが。
このMIKAMIミュージックさんが最後のライブに来ていたらしく、わざわざスカウトして頂いたわけです。
個人的に歌うのは趣味で十分。
そもそも歌手なんてやれるわけないじゃないか。
本格的にやろうなんて思ってもないし覚悟も無い。
が、しかし。
なぜか何度断っても諦めてくれないMIKAMIミュージック。
ちなみに一ヶ月くらい攻防戦が続いている。
(いい加減にしてくれMIKAMIミュージック。言いにくいんだよ舌噛んじまうよ。)
あちらさんも諦める気がないらしく、最近ちょっと強引になってきた。
・・・遼の名前を出すようになったのだ。
それって卑怯じゃん。
あいつに迷惑はかけたくない。
(やっぱ・・・会って話さないといけないのかねぇ。)
まぁ・・・
ここまできたら顔を合わせてガツンとお断りしないといけないんだろうな。
すっげぇ面倒だけど。
「はぁぁぁぁ行くしかねぇか。せっかく今日はオフだったのによぉ・・・」
そう、今日はホリデー。
タバコとお菓子を供に心行くまでダラダラ過ごそうと思ってた。
だが・・・放っておくわけにもいくまい。
こういうことは早目にケリをつけた方がいいとも思う。
「あぁあぁあぁあーっと!」
くそ、マジで面倒くさい。
がっくり気落ちしながら玄関へ向かった。
「なんだ。お前も出るのか?」
「あ、真樹・・・」
靴を履いていると不意に上から声が降ってきた。
振り向くとばっちりスーツを着こなした真樹。
ムカつくけどすっげぇ様になってる。
めちゃくちゃ仕事出来そうに見えるぞ。
「まぁなー。本とは休みだったんだけどよぉ。」
真「なんだ、面倒事か。」
「仕事じゃないんだけどさ。メンタル面でグサグサくる面倒事でさ。」
もー、マジで面倒臭ェ。
真「・・・・大丈夫か?」
「え?あ、あぁ大丈夫だ!なんだ?心配してくれてんのかぁ?」
真「・・・・・まぁ。」
意外な返事が返ってきて驚いた。
まさか心配してもらえるとは・・・
こいつにも"優しい"部分があるんですな。
いっつも黒い何かが背景にいるもんで分かりにくいが。
でも、ちょっと嬉しいぞ。
「サンキューな。でも大丈夫だ。お前が心配してくれて元気も出たし。」
真「意味分かんねぇ。」
「分からなくていいよ。」
よいしょと立ち上がる。
(さてさて、それじゃぁ行きますか。)
マジでちょっと気分が晴れた気がする。
今のうちに勢いで乗り切ろう。
真「どこまでだ?」
「ん?目的地か?」
真「あぁ。」
「駅の近く。」
真「送ってく。」
「は?」
真「今から行くところの近くだ。」
「マジ?やったー!」
なんと!
気分が晴れたかと思ったらまたもやいいことが起こった。
実は少々不安だったのであります。
わたくし、方向音痴と引きこもりのダブルパンチのため一人歩きに全く自信がありません。
「真樹様ファインプレーっす!」
喜びに任せ、ビシッと敬礼してやった。
真「・・・・相変わらずアホだな。」
「・・・・とりあえず謝れよ。」
ゴミを見るような目で見られた。
こいつはいい気分をすぐ壊しやがる。
そしてそれを見て愉しむドSヤローなのだ。
変態め。
お前には絶対弱みを見せねぇからな。
真「何やってる、行くぞ。」
「う、うーっす。」
でも睨まれるのは怖いので歯向かうのはやめておこうと思う。
「行ってきますよー。」
桜館の住人は全員出払っている。
鍵を閉めて家を後にした。